下田八幡神社例大祭は、八月十四、十五日に道具、神輿などの後ろから各町から太鼓台が繰り出し、町内を隅みなく練り歩きます。
この様式は、江戸時代第二代下田奉公、今村伝四郎正長公が創めて制定したもので、大阪夏の陣に大勝した徳川方の軍勢が大阪城に入城した節、徳川の威風を宣揚し、志気を鼓舞して堂々と入城した陣太鼓をまねたものです。
今村公が下田奉行に就任した当時、下田の民は長い戦乱と度重なる災害で疲弊していました。
今村公は下田の民が元気になり、熱く燃え一丸となれるものという想いでこの太鼓を伝えたといわれています。四百年近く過ぎた現在でも、今村公の熱い想いは私たち下田の民の心の中で生き続けています。
太鼓台は、全町で二十台あり、(本年は十五台が繰り出します)昼間は人形飾りを乗せ、夜は色鮮やかな提灯を飾り、笛、太鼓の技を披露します。
太鼓橋は、各道具を連結してアーチ橋の形をつくります。道具とは、二メートル程の棒に榊(さかき)、矛(ほこ)、四神(ししん)のいずれかをつけたもので、11基の道具が出ます。
太鼓橋を何時にどこで上げるかは、巡路図にも表示されていて太鼓祭の目玉であることが分かります。
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太鼓台は全町で二十台あり、昨年は十五台出ました。太鼓台の日中は、各町それぞれ異なった人形が飾られ、日は暮れて夜は、夜飾りに堤灯をたくさんつけて町中を練り歩きます。
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御神輿は、肉襦袢(にくじゅばん)を着た「中老」が担ぎます。現在の祭は三部制をとっており、その三つうち一つが順番に当選区となって執行部を形成し、時間制で各部が担ぎ回しをします。
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