太鼓台は全町で二十台あり、本年は十五台出ました。太鼓台の順番は、当選区で優先されます。
太鼓台の形態は、車輪のついた台の上に人形が乗っており、前方には綱がついています。この綱を各町の子供達や役員が引っ張っています。太鼓台を引くのは基本的に若い衆ですが、実際には町ごとに子供を集めたり区の役員がついたりしています。これは、若い衆が少なくなったということもありますが、若い衆が道具にまわってしまうからという理由もあります。
太鼓は、前進する台の後ろを追いかける形で打つ。これは一名でやりますが、若い衆が交代で打っていきます。さらにその後方には、三味線と笛の奏者がつきます。三味線は芸者もしくはその町の若い女性が奏でますが、笛は男も女もいます。これを歩きながら四曲ある楽曲をランダムに演奏しながら町中を練り歩きます。定型楽曲は一番「岡崎」、二番「さん切り」、三番「若竹」、四番「たかどろ」と呼ばれていますが、これ以外に「色物」と呼ばれるものが数曲あります。それはどれもテンポが早く、アドリブを楽しんでたたく感じで叩きます。
太鼓台の上には人形飾りを乗せたのも太鼓台の特徴です。この人形には先ず、八幡神社の祭神である応神天皇と系譜的に関係のある人形を飾ったものがあります。原町の仁徳天皇、七軒町の神功皇后などはこれにあたります。また、各町の生業や歴史、風物などを反映させたものもある。たとえば弥治川町は弥治川べりにある柳から連想した小野道風、大工町は町内に火の神である秋葉神社を祀っているところから防火の猿、坂下町はかつて紀州家の御用捕鯨船の乗組員が住んでいて、紀州より剥製の鷲を拝領したというので鷲、須崎町は漁師の多く住む町であったことから竜神、とさまざまです。また、特に関係の深いつきあい町が連合した人形を飾る場合もあり、これは広岡東の白獅子と広岡西の赤獅子があります。このように人形は各町独自のものを持っていますが、大和区は五町が連合して区の太鼓台を出すため、各町の人形はそれぞれの日待ち場に置かれ、大和区の大鼓台の上には五町のいずれのものでもないスサノオノミコトの人形が飾られている。日は暮れて夜は、夜飾りに堤灯をたくさんつけた太鼓台(夜宮)が夜目に浮かび上がり美しいです。
「下田市の民俗 ー下田市ー」より参照。
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